三笠勉強堂

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テス  エピローグ

テスとオフクロと私と妻がーーオヤジが亡くなってしばらくして私は結婚した。ーーいつものようにおそい夕食をとっていた時、キャンと一声ないたかと思うと食卓の下で、テスが突然倒れた。体を真っ直ぐ硬直させている。
「つまったな、ご飯がのどにつまったな。」私はとっさのことに手立てを考える暇もなく体をさすり、あるいはテスの口と鼻から息を吹き込んだりしてみたが、腹が膨れ上がるだけで、胸の方に入っていかない。オフクロがテス、テスと涙声で呼び立てる。妻は蒼白な顔をして立ち尽くしたままである。
「医者を呼ぼう。」とオフクロが言った。が、私は医者に連絡してもムダだと思った。ふっとオヤジの時のことが頭をかすめた。
オヤジが心筋梗塞で倒れたとき、医者は無力だった。歩いて1分のところにある病院へ、息せき切って駆け込むと、顔見知りの女子事務員が医者の待機所に電話で連絡をとってくれたが、なかなからちがあかない。私は苛立ち、ともかく医者に来てくれるようにと言うと、事務員は家にいっても処置する器具も何もないだろうから、病院へ連れて来いという。そのとき、いやな予感が頭をよぎった。無駄に時間をとったことで、自分の思惑とは別の方向にことが動いていると感じた。まるで谷底へと滑落するわが身を見ているようだった。渡されたタンカーにオヤジを載せて病院へ戻ると、くちヒゲを生やした若い医者がゆったりとした歩調で現われた。オヤジの様態をみて、初めてことの重大さに気づいたらしい。しかし、そんな医者に人の命を救える筈もなかった。私には分らない器具を繋いだり、医者らしい振る舞いをして見せたが、しばらくして、
「手は尽くしたんですが・・・」「機械を止めるご承諾を・・・」映画ででも覚えたような科白を残して医者は奥の部屋に入って行った。オヤジも運がなかった。日曜日で病院の態勢は悪く、しかも命の何たるかを知らぬ青二才しか勤務していなかったのだから。
オフクロがオヤジの足に取りすがって、いつまでも泣いていた。
 テスはオヤジの言葉通り、王禅寺にある親戚の家の庭に埋けた。朝陽が一番に差し込む所に穴を掘り、間違いなくオヤジに逢えるようにと、首輪の下にオヤジの写真を挟み、最期の別れをした。土を盛り、踏み荒らされぬようにと、一面に芝ザクラを敷く。14年前にパンを与えた私が、自分の手で土へ還してやれたことが少しの慰めだった。
 オヤジの墓は、そこからほんの僅かな距離である。今頃は、尻尾がちぎれるほど喜んで、オヤジに体を摺り寄せ、首筋を伸ばしては忠犬を気取っていることだろう。             
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テス -7-

人間と犬との関りはどれほど昔に始まったのだろう。太古の時代に狩猟民族が品種改良して犬というものを作ったのか。あるいは、農耕民族が愛玩用として身近に住まわせたのだろうか。ネズミを追いかけたり、背中が隠れるほど積もった雪の中を猛然と駈けずりまわるテスの姿は、野生そのものであったが、次第に年をとり、日向にゴロンと寝そべる姿は、退役軍人の余生といった感がある。またある日などはまるでむくろかと思わせる寝姿に、思わず「テス!」と大声を上げると、むっくりと上半身をそり返して、私の方を見やる。そしてまたゴロンと横になる。顔には白髪が目立ち、眼も濁り、耳も遠くなり始めた。
家族の中で一番テスを可愛がるのはオヤジである。テスもまたオヤジが大好きである。テスを風呂にいれ、ノミをとるのはオヤジの仕事である。どちらが主人か分らない。オヤジにしてみれば、テスは内孫のようなものだった。テスを膝にのせ、テレビの相撲に見入る。そのオヤジが急に亡くなった。
「テスが死んだら剥製にしようか。」「テスの墓は王禅寺の庭に作ってやろうか。」と冗談を言っては笑っていたが、そんな心配も無用になった。オヤジ61歳の春だった。
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テス -6-

テスが住みついて四年ほどした、夏のある夜。いつものように用をたすためにーーテスはすっかり部屋犬にしてしまったから、用便を済ませるのが家族の一仕事だった。--散歩に出た。道のあちらこちらに、放尿し臭いをかぎと、忙しげに駈けずりまわるテスの後をぶらぶらと歩いて行くと、通りの反対側を行く子ども達がいきなり、「あっ、チェリーだ」と叫んだ。
私は慌てた。今更元の飼い主が現われて、大岡裁きでもあるまいにと思う。が、当の本人は全く意に介さず、とっつ、とっつ、とっつ、とっつと家の方へまっしぐらに帰って行く。子ども達も別段それ以上はテスの後を追う気色もなかった。家へ戻ると、オフクロが雑巾でテスの足を拭いていた。テスはブルブルッと身震い一つすると毛布が敷いてある座敷の一角へ行って、もう寝支度にかかっている。呑気なもんだ。試しに「テス!」と呼ぶと、何事かといった風に、きりりと顔を向ける。今度は「チェリー!」と呼んでみる。表情ひとつ変えない。首筋は立てたまま私の方を見ていたが、尻のほうが気になるらしく、足を持ち上げて、肛門の辺りを舐め始めた。人の心配をよそに太平この上もないやつだ。
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テス ー5-

ネズミに劣らずテスに敵愾心をかきたたせるものはネコである。ネコを見ると、いたずらに無駄吠えしないテスが十里四方に届こうかという大声でなき散らす。しかしネコはネズミのような訳には行かない。逆毛を立て、フーと低く唸って威嚇する。「なめんなよ。」と言いたげに悠然と歩を進める。役者が1枚上だ。テスはネコの周りを右往左往しながらいたずらに吠えるのみである。ネコは鋭い爪を隠し持ったままはき捨てるように一瞥をくれる。テスのプライドが激しく傷つく。が、勝負は明白である。テスに危険を感じて、呼び戻そうと近付くや百万の味方が来たと勘違いしたテスは勢いづき、危険な距離の内側に入ってしまった。キャフーンという声に慌ててネコを追い払う。ネコは一も二もなく、路地を駆け抜け塀をひょいと越えて消え失せた。振り返るとテスの姿もない。家へ戻るとテスは部屋の隅でおとなしくしている。見ると眉毛のあたりを横一文字に斬られていた。なんとも面目なさそうに首を垂れて、放り出した足の上にアゴをのせ、居眠りを決め込んでいる。その後もネコを見るといきり立って吠えるが、危険な距離は保たれたようである。
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テス -4-

新聞にペットの記事が載っていた。それによると、テスはビーグル犬ということになるらしい。体型的には明らかに雑種であるが、顔つき、毛足の短さはまさにビーグルのそれである。かの高名なるスヌーピーもまたビーグル犬だそうである。記事にはまた、ビーグル犬がウサギ追いの犬であると書いてある。それを立証してみせることが数日後に起きた。
 我が家と隣りの肉屋との間にドブがある。テスは暇さえあればそのあたりをかぎ回り、時々興奮して鼻を膨らましては、フーフーと鼻息を吹きかける。しばらくして側溝をふさいだコンクリートの穴から黒いものがぬっと出た。ドブネズミである。テスはまだ気づいていない。ネズミはすばやく肉屋の方へ駆け抜けていった。と思うや、その後を矢のような速さで追いすがり、10メートルも行かぬうちにネズミの背中に食らいついた。テスの一撃でネズミは地面にたたきつけられた。雄たけびを上げるテスの首をおさえ、引き離す。口の周りの白い毛に返り血が赤く染まっている。まるで戦国の武将が功名を上げたかのような誇らしげな顔つきだ。それから後も、裏の畑にズタズタに裂かれたネズミの死骸を見ることがあった。スヌーピーとミッキーマウスの戦いはたびたび繰り返されたらしい。
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テス  -3-

テスの子育てが始まるや、我が家は6匹の子犬の保育所となった。テスは子犬たちの行動を監視し、あっちでおもらし、こっちでおもらしするや、飛んで行っては大便であろうと、小便であろうと口の中へ放り込む。食べてしまうより他に始末のしようがないのだから仕方がないが、6匹が連鎖反応のようにたれ流す汚物を嗚咽しながらなおもほおばる。見かねてテスの首をつかまえ、新聞紙で処理する。母親とはたいしたものと感心したのはそのときが始めてである。
 障子の桟が食いちぎられ、部屋中放尿の匂い紛々とするうちに、1匹、2匹ともらい手がつき、とうとうテスだけになった時には、やはりほっとした。それからしばらくして、テスは卵巣摘出の手術を受けた。2週間ほど入院し、医者に連れられて戻ったとき、体中に晒しをまきつけられた姿が痛々しかったが、家族の顔を見るや、折れんばかりに体をくねらせて喜んだ。東京のどこそかで手術をしたというが、どんな手術を受けたものかいまもってはっきりしない。
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テ ス  - 2 -

玄関の脇に段ボール箱にワラを敷き、産室のようなものを作るとカチューシャはそれとわかったらしく、おとなしく入っていって、ごろんと寝転んだ。数日後、キャンという一声がしたので、おそるおそるなかをのぞいて見ると、カチューシャの腹の下で、黒いものがごそごそと動き回っている。犬のお産は軽いと聞かされていたが、なるほどと思った。かくしてカチューシャは6匹の子犬の母親になったのである。
「カチューシャはよくないな。テスがいい。テスが。」炬燵に入って、ノートと分厚い本を首っ引きで見ていた兄が言った。兄は三つ年上で、いつも法律の本を前に考え込み、右手には万年筆、左手はきまって頭の毛をかきむしるか、鼻の頭の脂をこすりとっている。
「テス?」
「ああ。」
「なんなの、テスって・・・・・・」
「トマスハーディーだよ。トマスハーディーの本のヒロインの名さ。」
「へええ。」
口の中で「テス」と言ってみると、そんなに塩梅も悪くなさそうだし、六法全書にたてつく勇気もないのでおとなしくひきさがった。かくして「カチューシャ」は「テス」ということになった。
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テス    

テ ス   ~1~   

11月のとある日。空は曇り空だったように覚えている。初冬の寒さが一層こたえる夕間暮れ、我が家の玄関に一匹の野良犬が座り込んでいた。頭と背中は真っ黒で、鼻の周りと腹、尻尾の先端が白く、顔は犬としては上等の部類に入ると思われる器量よしで、おまけに女物のストッキングを首に巻きつけた様が、ネッカチーフをつけたカチューシャといった風情で、私は一目で気に入ってしまった。それまで野良犬に食べ物を与えたこともなかったが、ーーオフクロが、食べ物をやると家の周りをうろつくと言っていたーー台所へ行き、食パンを一切れとって来て、その犬に与えた。やがて、すっかり日が落ちた頃玄関へ行ってみると、案の定野良犬は既に我が家の一員の顔をして、つくねんと座っている。その夜、カチューシャがどこで寝たのか忘れたが、こうして新しい家族が一人増えることになった。オフクロもさして口を挟まず、オヤジもよかろう位に思っているらしい。それに二十歳前後の二人の息子の味気ない顔を見ているよりは、よほど好ましいと思ったに違いない。しかし、問題はその後になって起きた。カチューシャは子を孕んでいたのである。
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